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2005/06/29

文明の功罪?

現在は大気汚染や地球の温暖化とか、人類の存続を脅かす様々な環境問題があるわけだけど、この根源が人口問題にある(注1)として、今の文明の持つ罪は大きいな、と思ったり。「人口爆発」と呼べる出来事は過去に二度あった、らしい。一つは一万年くらい前の農耕の発明。この頃は世界の人口は、たぶん1000万人くらい、だったらしい。もう一つは産業革命。それ以前の、18世紀初めの人口は約6億人くらい、らしい。

今の大量生産、大量消費の文明の基礎になった産業革命はともかくとして、農耕の発明については、その罪について語られる事は少ないけれど、その背景には当然の出来事として森林の伐採などの環境破壊はあったわけで。

・・・こんな事と、読了した保苅氏の『ラディカル・オーラル・ヒストリー:オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』の内容をからめて、最近は「文明の功罪」みたいなのを妄想中。

アボリジニは農耕を行わず、狩猟採取の生活をして・・・なんて事が言われてて、この理由として、約1万年前、農耕が始まる直前に海面の上昇により大陸が孤立したため、とか、気候の厳しいオーストラリアには農耕は適さなかったから、とか言われてるけど、むしろ、全ての基盤としての「大地」を傷つける「農耕」というやり方を拒否していたのでは、と妄想したり。

オーストラリアに住むディンゴという犬は、アジアの人が4000年くらい前に連れてきた、らしい。白人が来るもっと前の17世紀以前にもマカサンと呼ばれるインドネシアの人たちと北部のアボリジニは交易をしていた、らしい。つまり、農耕の技術が入ってくるチャンスはいくらでもあったはず、と思うわけで。

けれど、その文明の中に組み込まれた者として、あるいはその便利さを享受してる者として、声高に「ダメぢゃん」と言えない部分もあったりするし、。今更、食べ物を求めて何十キロも歩いて移動する生活に戻す、なんて事は考えられないから、アボリジニの伝統的なやり方が正しい、と主張できるわけでもないし。

何かしなきゃ、という問題意識が芽生えたからといって、ゴミを分別するみたいな、「出来る事からやればいいんです」程度なことで解決できる事でもないような。いや、出来ることはやらなきゃ、なのは解ってるけど、根本的な解決ってないのかな。

もっと人口が減ったら、同じ活動をしても環境に与えるインパクトは少ないかも。今は少子化も社会問題化してるけど、いっそ江戸時代頃の、人口3000万人程度を目標に、日本の人口を減らしてみるのはどうかな?なんて妄想してみたり。

・・・これも非現実的であるのは百も承知ではあるけれど。某超大国のせいで骨抜きにされた京都議定書の事を考えても、見通しは暗い、ようで。

注1:まぁ、世界の人口が1000万人くらいしかいなかったら、燃費の悪い自動車に乗って排気ガスを撒き散らそうが、使わなくなったパソコンを森にぶん投げようが、クジラさんの食べ放題をしようが、環境に与えるインパクトはほとんど無いに等しいわけで。逆に、6,000,000,000人も住んでれば、一人一人がどんなに気をつけても、影響はゼロぢゃない。単純に考えて、人口が半分になれば、同じ生活活動をしてても環境破壊は半分になる、かもしれない。各国とか各人の経済格差やら生活態度による環境への影響度ってのもあるから、単純に半分って話ぢゃないのは、知ってるけどさ。

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2005/06/23

ラーメン横丁 青葉@船橋 つけ麺

前回ブログを書いてからすでに半年近く、ラーメン横丁からはなんとなく足が遠のいていたんだけど、以前トラックバックしていただいた「貧乏社長日記」さんから先日再びトラックバックしていただいたのをきっかけに、今日の晩御飯はラーメン横丁にある青葉のつけ麺(\700)に決定!!

早々にオーダーして、カバンからコンパクトデジカメを取り出すと、なんと起動しないではないですか。FinePixのF10はバッテリーの持ちが驚異的で、実際、数日の旅行程度なら、充電せずに済んでしまう分、充電することに怠惰になってしまう諸刃の剣。まぁ、カバンの中にはD2Hも入ってるけど、さすがに一眼レフを振り回してラーメンの撮影をする程、神経は太くない、けどデジカメなんて携帯にもついてるし。普段3台もの「デジカメ」を持ち運んでる事実に自嘲しつつ、無事につけ麺の写真をゲット^^;;

DVC00017s

さて、先の貧乏社長日記さんでは、スープのぬるさで酷評を呈していたわけだけど、幸か不幸か今日はかなり暑かったので、割といい感じ。麺が冷たく冷やしてあったので、たとえスープが熱くても、最後には冷めてしまうだろうな、と想像。ラーメンを食すには暑すぎる夏の日なんかには、さっぱりしてるし最適なんぢゃないかと思いました。まぁ、寒い冬には間違ってもオーダーすることはあり得ないメニュー、とも言えるけど。

味の方は、ちょっと苦手な魚系・・・最初は美味いと思ったけど、お腹がいっぱいになってくる頃には、もういっぱいいっぱいな状況で、また半年くらい食べなくてもいいや、と思ってしまったり。あ、半年後は冬だから一年くらい食べることはないのかな?とりあえず、東京魚系ラーメンにはまってる人にはお勧め、と書いておこう。実際、一口目はカツオの香りですらも「いいぢゃない?」と思ったのは事実だし。

ところで、最近職場の近くに個性的なラーメン屋が多い事に気づいたので、気が向いたらそっちの店の話も書いてみようかと思ったり。

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ストップ高の翌日は

えっとキーワード「ストップ高・翌日」で検索かけて訪れていただいた方が延べ2名。なので、ストップ高とその翌日について書いてみる。

ストップ高といってもいろいろあるみたいで、買いが強すぎて値がつかず、気配値がどんどん切り上がって値幅制限の価格まで上昇・・・いわゆる「張り付いた」状態、の場合もあるし、普通に商いをこなしながら上昇して、最終的にストップ高で終わる場合とかもあるし。前者の場合は、例えば何か強烈な好材料が出たりして非常に強い相場であることが多いので、翌日も騰がるかもしれないけど、実際にはそんな事わかりません。好材料が出る以外にも、単純に需給で騰がっちゃう場合もあるし、仕手筋とか呼ばれる相場師が株価を操ったりしてる場合もある、かもですし。

今まで何度か持ち株がストップ高になった幸運に恵まれたけど、ストップ高が連チャンで何日も続いて、気が付いたら大金持ちに・・・なんて経験は残念ながら一度もなくて、ストップ高の翌日くらいから値下がりして、数日したら元の木阿弥、というパターンが多いですね。こないだのフォーサイドとアルチザネットワークは、いずれもこのパターン。まぁ、世の中そんなに美味しい話はないってことです。

予想外の決算だったとか、画期的な商品を発売したとか、テレビ局を子会社化したとか、そんな凄い材料が出たら目標株価の修正も必要と思うけど、基本的には最初に立てた計画(この値段になったら売り、とか、決算報告や株主総会を待ってポジション決める、とか)は遵守した方が結果はいい、かな。株は安く買って高く売る、が基本だからストップ高になった銘柄を翌日にちょうちん買いする勇気は、全くなかったり。ストップ高したからと言って、浮かれず騒がず、平常心を保つ努力が一番・・・と、自戒をこめつつ・・・^^;;

しかしまぁ、内容のない駄文だな。カテゴリーは「株」だと恥ずかしいから「つぶやき」にしておこう^^;;

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2005/06/22

保苅実氏のこと

実の所、彼(注1)とは面識がない。出会う機会はかなりあったらしいし、事実、オーストラリア系の友人はだいたい彼に会っていて、噂は随分聞いていたし、遠からず会うこともあるだろうな、とも思ってました。それだけに、昨年彼の死を聞いた時は本当にショックでした。

今更ですが、今日彼の処女作にして遺稿となった『ラディカル・オーラル・ヒストリー:オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』を読了しました。これは、アボリジニの物の見方、価値観などが解りやすく書いてあり、アボリジニの文化に興味がある方には必読と思える本です。「アボリジニの」なんて一般化した言葉で説明すると、彼はちょっと怒るかもしれないですけど・・・。恥ずかしながら、この本を読むまでは彼が歴史学者であることを知らず、文化人類学者と思ってました。視点やアプローチの仕方が独創的で、何か歴史学と文化人類学とのギャップを埋める突破口を模索しているようにも見えましたが、そのあたり彼はどう思ってたのかな。

少なからずアボリジニの文化に興味があって、いろんな本を読んだり、実際にオーストラリアに行ってみたりしてるわけですけど、彼と同時代に生きてこの本を読むことが出来たのは幸運、と思うべきなのでしょう。欲を言えばきりがないけど、本当は彼と一度でもいいから対峙して、色々な話を直接伺いたかったというのは正直な所です。

アボリジニの文化、歴史などに関する調査研究は、本国オーストラリアでは当然の事、日本でも興味を持ってる人は沢山いるわけですが、実際にフィールド調査してフェアな視点で書いたこの手の良書が翻訳ではなく日本語で書かれたものとして読めるのは非常に稀なことです。そういった意味でも、意欲的に活動していた彼の死は日本におけるアボリジニ研究の大いなる痛手と言うのは間違いないと思います。

歴史に「もし」はタブーであることは明白ですけど、もし彼が今も生きていて研究を続けられてれば・・・と思うと、残念で仕方ありません。あらためて彼のご冥福をお祈り申し上げます。


注1:アボリジニの文化は地方によって様々らしい、けど、少なくとも中央オーストラリアのアボリジニには死者の名前を口にしない、という習慣がある、らしい。例えば、アリススプリングス近くの(多分、だけどArrernte語族?)では、同じ名前を持つ人は全てクムンジェイ(綴りはKumanjayiとかKumunjayとか、微妙に色々。元々アルファベット表記の言葉ぢゃないし。)と呼んだり。これは、アボリジニが死んだ後、その魂が「しかるべき所」に帰るわけだけど、目は見えないけど、音と匂いは感じる事が出来て、その人の名前を呼ぶと「この世」に未練が出来て帰る事ができない、という信仰上の理由らしい。それと、死後、その人が写っている写真を人目に触れないようにしたり、という事も比較的普通に行われていて、これは目に見えない霊というか魂には問題ないように思うけど、そういうのが文化としてある、わけです。
彼は、日本人でアボリジニの信仰するものに関して一線を隔することは百も承知で、アボリジニの文化に触れた者として、表題以外の本文では名前を明記せず「彼」に統一させて頂きました。まぁ、彼には「そんなことしなくても」って言って笑われるかも、ですが、多分理解はしてもらえるのでは、と思っています。

彼のメモリアルホームページはhttp://www.hokariminoru.org/です。彼の書いた論文がPDFでダウンロード出来たりとかします。

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2005/06/07

祝!ストップ高!!

持っている株がストップ高になった。銘柄はフォーサイド・ドット・コム(2330)とアルチザネットワークス(6778)。所有株が二つもストップ高になるのは初めてなので、結構うれしかったり。

アルチザの方は、3月のブログに少し書いたけど、以前友達に教えてもらった銘柄で、その後下がったので一度ナンピンしたものの、騰がるでもなく、下がるでもない、つまらない展開が続いていたので、含み損のまま放置してたら、今日はいきなり含み益発生。もうちょっと騰がったら売っちゃおうかな、状態。

フォーサイドは、安いと思って買った時からずるずると下がって、ナンピンを繰り返して。持ち株数は20に膨れ上がったけど、さらに買い増ししたいなぁ、と思っていた矢先なので、ちょっと悔しいのもある。ここは以前にもストップ高翌日から、また下落を始めた経緯が2度あるので、今度は3度目の正直か?まぁ、今までになく出来高も多いので、もしかしたら、という期待もあるんだけど・・・まだ含み損あるんだよなぁ・・・_| ̄|○

デイトレみたいのはしないから、明日、とは言わないけど、そのうち売却して利益上げて祝杯上げたいな、と思ったり。

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2005/06/06

コンパクトデジ・結婚式編

友達が結婚した。割と写真部とかの友人が多いので、こんな時は芸能人の記者会見のような状況になったり。まぁ、それはよいとして、普通の写真は普通に撮るとして、割と喜ばれるのが、お料理の写真。準備してる時は一生懸命考えたのに、たいてい新婦は食べられなかったり、ご両親は胸が一杯で食べられなかったり。まぁ、後から「こんな料理だったんだぁっ」と盛り上がること間違いなし、らしい。

折角撮るなら美味しそうに撮れなきゃ喜びも中くらい、といったわけなんだけど、そんなの撮るのって一眼レフとかいるでしょ、とか思ってる人が多い、かも。そこで、今回の写真はコンパクトデジで撮ったやつ。カメラは最近買ったFinepix F10。

DSCF0943s

レタッチは縮小しただけで、コントラストもシャープネスも触らないことに(注1)。

これの撮影意図なんだけど、最後に出てきたケーキは、ケーキカットの時に使った本物のケーキを切り分けて配られた、らしい。イチゴが美味しそうだったので、今回はイチゴを主役に決定。お皿の選択も含めた盛り付けも含めて「料理」という、らしい。でも、いらないものをフレームから外していくのが「写真」という、らしいので、全部写らなくてもいいや、と割り切ることに。イチゴをフレームの左下に入れて、ケーキの縁が対角線になるように構図を整えて、カシャッ。

この手の撮影をコンパクトデジでやるには、ポイントは3つ。1つ目はストロボを光らせないこと。2つ目はマクロモード(注2)にすること。そして、3つ目は光をよく見ること。今回は主役のイチゴに左から当たった光がキラリッと反射するように、お皿をくるくる回したり、カメラの位置を変えたり。半逆光(斜め後ろから被写体に光が当たってる感じ)みたいなのが、結果がいいみたい(注3)。それでも被写体見て、どっちから光が当たってて、何処にどんな影が出来てるのか、を一瞬で見抜くのは、たぶんプロぢゃないと普通に無理だし、失敗作品が見えない所に山積みになってたって、大丈夫。デジだと現像代もかからないしね。

注1:最初、色かぶりしてるのをレタッチしたり、とかもしたんだけど、普通の人はレタッチしないからなぁ、という事で、気が変わって、通常最後に軽くシャープネスを上げるようにしてるのもなしにして・・・まぁ、縮小すら止めたかったんだけど、大きいのをアップロードする意味がない、というかサーバーの容量がもったいないというか。

注2:たぶん、誰のカメラにもついているモードじゃないかと思うけど。解り易く説明する時は「お花モード」なんて言ってみたり。ようするに近寄って撮るモードだけど、撮りたい物に「ぐっと寄る」ことによって、何撮りたかったのかが一目瞭然になったり。

注3:完全な逆光になると、被写体が暗くなっちゃうので、手前にレフが必要だったり。結婚式だと、ナプキンとか席次表とか、レフの代わりになるものは事欠かないんだけど。

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2005/06/04

カレーと長粒米と・・・

今日のお昼はよく行くカレー屋へ。ここのカレーは東南アジア系のカレーで、結構特色ある味を出してる。で、美味しいので割りとヘビーローテーション。まぁ、辛いのが好きってのもあるけど。

カレーライスのライスって、ちょっと硬めの方がいいね、という話から、タイ米みたいな長粒米の方がいいのかも、という流れに。それで思い出したんだけど、10年くらい前にタイ米が食べ放題だった時期があったんだよね。あの時は、日本のお米のように炊いて食べたいっていう人が多かったからか、タイ米は美味しくないという評判が立って・・・アジアご飯が好きだったので、知り合いからタイ米引き取って、結構豪勢に食べてた記憶がある。

日本は間違いなくお米が主食なのは言うまでもない、らしい。それに、和食は勿論、中華とかイタリアンとかフレンチとか・・・世界各国の本場の料理がなんでも喰える国、らしい。でもね、オーストラリアのウールワースに行ってびっくりした事のひとつが、お米の種類が多い事。長いのや短いのや丸いのや・・・長粒種の玄米なんてのも普通に並んでいたりする。とにかく種類が多い。

種類が多けりゃいいってもんでもないのは百も承知だけど、もし日本にあれだけの種類のお米が入ってきて、色々な料理に使ったら、たぶん今よりもっと豊かな米文化を創ることだって出来たはずなのに。そして、米不足で緊急輸入したあの時こそ、その最大のチャンスだったのに。あの騒動の直後からずっとそう思ってた。もし、普通にタイ米が入手できる環境にあったら、多くのアジアご飯の店はタイ米を使えるんだろうな、なんて思いつつ。

聞くところによると、実はあの騒動は、本当は大して不足してなかったのに、商社を使って米を隠し、マスコミを使って世論を煽り、「お米の輸入」の既成事実を作る為だけの陰謀だった・・・なんて話もあるらしいけど。真偽の程は解らないし、そんな事はどうでも良くて、美味しいタイ米が適正価格で、気軽にスーパーで買えるようになったらいいな、と、単純に思ったり。

オーストラリアのフードコートで食べた、長粒米を使ったカレーがちょっと懐かしかったり。写真、撮っておけばよかった。別に写真が喰えるってわけぢゃないけど。

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